「これがセラピーの肝(きも)だった」メルマガ第41回:2014年6月24日

こんにちは、鈴木です。
メルマガを開封して頂き、ありがとうございます。

 

 

 「そうじゃないんだけどな・・・・」

 


こう思われたらピンチです。

 

何のピンチかというと、カウンセラーとしてのピンチです。

 


そもそも、カウンセリングで重視してきたのは、
「理解する」ということそのものです。

 

何を理解するかというと、クライエントの置かれた立場、
その時々の言いたいこと、思い、心情などです。

 


人は誰かに自分のことをわかってもらえたという実感を持ったとき、
心が救われる思いになり、「よし、がんばろう」という気になります。

 

だからカウンセラーはカウンセリングの面接時には、
クライエント理解に全力投球します。

 

決して「治そう」とか「良くしよう」「気づかせよう」「教えよう」


などという邪心をもたないことです。

 

そう、この場合あえて「邪心」とします。

 


何かを指し示せばいいとか、正しい答えを与えるとか、
もし、そういった発想があると、カウンセリングは失敗します。

 

我々はただ、クライエントを理解しようとすること。

 

そのことに専心することを考えればいいといってもいいでしょう。

 


ですから、カウンセリングでカウンセラーとして発した言葉や、
こちらの対応・態度を見たクライエントがもし


「そうじゃないんだけどな・・・・」


という思いになってしまったとしたら、
我々はこのことに対して猛省しなければなりません。


「答えが聞きたいんじゃないんだけどな」

「あなたの意見や体験が聞きたいわけじゃないのに」

「説教されるためにお金を払って来たんじゃない」


こういう思いにさせたり、言葉を吐かせることのないように。


そうではなく


「ああ、わかってもらえた」

「ええ、本当にそうでした」

「ああ・・そうですねえ」


という反応が起きるような言葉を
我々は投げかけられるようになりたいものです。

 

なぜならば、これこそ当に理解されたという実感がもてたときに
人間が内側から見せる反応だといえるからです。

 

相手が「理解してもらえた」という実感がもてるくらいに
こちらはひたすら理解しようと努めること。

 

カウンセリングの肝(きも)は、まさにここにあるといえますね。

 


理解されることの素晴らしさ、そして、理解することの素晴らしさ。

 

「理解」には、人間が立ち直り、変化し、
成長するために必要な何かがあるようです。

 


   

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