「カウンセラーは答えを持っているか?」メルマガ第20回:2011年10月16日

 

こんにちは、鈴木です。

メルマガを開封して頂き、ありがとうございます。

 

  

「カウンセラーは答えを持っているのか?」

 

 

 

カウンセリングでは実に様々な問題が話し合われます。

 

職場の人間関係、コミュニケーション、仕事の悩み、自分の性格、

家族の問題、子育て、人生や生き方といったテーマなど、

本当にいろいろです。

 

 

一人のカウンセラーがこうした多岐にわたる問題に対応しますが、

面接が進むうちに、その問題の答えは何かという話になります。

 

クライエントが一通り話をし終わった後に、

次のような問いかけをしてくる場面がよくあります。

 

 

 

「いったいどうすればいいのでしょうか?」

 

 

 

この場面はカウンセラーの力量が問われる第一段階です。

 

経験の浅いカウンセラーは、

ここで何か答えないとならないと思ってしまいます。

 

そこで、不用意な質問をしようとしたり、

自分の感想を言ったり、助言をしようと思ったりします。

 

 

しかし、だいたいにおいてこの問いかけは

単純に何か答えが欲しいというものではありません。

 

つまり「どうすればいいか→こうしましょう」という図式を

クライエントが描き、求めているわけではないのです。

 

 

こうした問いかけには単純に答えるのではなく、

こう問いかけずにはいられないクライエントの気持ちに「応える」場面です。

 

カウンセラーはこうした問いかけの裏にあるクライエントの気持ちに

特に敏感であり、繊細に対応できる必要があります。

 

 

 

さらに、そもそもこうした問いかけに対する答えはあるのでしょうか?

 

いえ、答えはあるのかもしれません。

しかしそもそも、カウンセラーがその答えを持っているものなのでしょうか?

 

 

 

先日カウンセリングの講座の中で、

ある受講者がこんな質問をしてきました。

 

 

「カウンセラーの先生は、クライエントの問題に対する答えは持っていて、

その答えにクライエントを導いてくれる存在なのでしょうか?」

 

 

さて、あなたはどう思いますか?

カウンセラーはその答えを持っているのでしょうか?

 

 

結論から申し上げると、持てる時と持てない時とがあります。

しかし、その答えを代わりに出してあげることはできません。

 

 

例えば、東日本大震災の例を考えてみましょう。

 

 

東北地方で、多くの母親が愛する我が子を失いました。

この事実は母親にすれば、筆舌に尽くしがたい苦しみを生みます。

 

そんな母親がこんな風に問いかけてきたとします。

 

 

 「どうして・・・私の子が死ななければならないのですか」

 

 

 あなたはこの問いに答えることができますか?

 

そう、答えることなんかできないんです。

あなただけではなく、この問いかけに答えられる人などいません。

 

どうして死ななければならなかったのかをたどろうとしても、

答えには永久にたどり着けないでしょう。

 

 

しかしもし、母親が、我が子を失った後も

自ら生きて行こうという選択をするならば、

我が子の死という筆舌に尽くしがたい悲しみ・喪失感を背負うことになります。

 

母親にとってこの状況で生きていくということは、

そうした悲しみ・苦しみと共に生きるということになります。

 

我が子の死という事実を受け容れ、生涯その悲しみと共に生きていく。

そういう選択を「自らがしていく」ということを意味します。

 

 

そしてこうした選択を受け容れるということは、

カウンセラーが代わりに出来る事ではないのです。

 

母親が「自ら受け容れる」という選択をするということなのです。

 

 

カウンセラーにできることは、母親が自らそうした選択をする。

その道のりを共に歩いて行くことだけです。

 

 

答えはクライエントが持っているということは、こういうことです。

クライエントが自分で答えを出すしかないわけです。

 

 

 

最後に、カウンセリングにおいて一つ忘れないで頂きたいことがあります。

 

カウンセリングでクライエントが選択する事柄は

必ずしもスッキリとした、心が晴れるものばかりではないということ。

 

 

先の例のように、悲しみや苦しみを生涯背負っていくという選択、

愛する者の死を受け容れていくという選択もあるのです。

 

そう考えたら、安易に助言など出来るはずもありませんし、

助言などまるで力にならない世界だということが、

おわかり頂けると思います。

 

傾聴や共感的理解なども、クライエントが自ら答えを見つける

その道のりを一緒に歩いていくためのものです。

 

 

何の灯りも持てずにいるクライエントの横に寄り添い、

灯りをともし、目の前の道を照らしてあげる。

 

あなたは今、こういう道の上にいますよ。

こういう岐路の上に立っていますよ。

 

カウンセラーが示せるのはそこまで。

その先は、クライエントと一緒に歩くしかないのです。

 

 

大方はクライエントの「後ろから付いていく」感覚です。

 

時には横に、稀にちょっと前を歩くことはありますが、

基本的にはクライエントの一歩一歩を「後ろから照らしてあげる」こと。

 

それがカウンセリングなのだといえるでしょう。

  

 

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