「共感だけではダメ?」メルマガ第172回:2016年4月13日

こんにちは、養成塾の塾長、鈴木です。

 

 

 

共感的理解だけでは、カウンセリングは成り立たない。

 

そういう意見がありますが、実は、

私もこの意見には賛成です。

 

 

 

普段は「とにかく聞けるようになること」を強調し、

「共感的理解がなければ始まらない」と言っています。

 

言っていますが、同時に「聞けるだけでもだめ」ですし、

「共感的理解だけでもダメ」なのも事実。

 

カウンセリングを行う上では、共感的理解だけではなく、

もう一つ、この要素が不可欠になります。

 

それは・・・・・

 

 

 

 

「客観的理解」

 

 

 

 

当然といえば当然です。

 

では、客観的理解とは、どんな風に実践で活用されるのでしょうか?

 

具体的な、ある事例を用いて説明します。

 

 

 

小学校のスクールカウンセラーをしていたときのDV事例です。

 

転校してきた3年生の女子、Mさん。

 

父親のDVがあり、母親と二人で、その父親から逃れてきました。

 

一旦、区のシェルターに避難し、

その後、アパートを借りて二人で生活を始めたところでした。

 

 

 

しばらくして、父親が転校先である学校を突き止めました。

 

父親は、学校の近辺に顔を見せるようになります。

 

そこで、母親が青ざめて、相談室に来たのです。

 

 

 

「夫が時折、娘の下校時などに、校門の近くにいるんです。

電信柱の横に居るところを、娘も私も何度か見ました。」

 

「もし、娘を連れ去られたらと思うと・・・・」

 

 

 

そういう状況ですから、学校も緊急体制を取りました。

 

登下校時は、母親の送り迎えに加えて、

先生たちが近辺に立ちました。

 

それでも、母親の不安は和らぎません。

 

 

 

さあ、皆さんなら、このケース、どう対応しますか?

 

母親の不安に対して、どんな言葉をかけてあげますか?

 

 

 

母親の訴えに共感する?

 

そんなわけないですよね。

 

 

 

こういう時こそ、客観的理解に基づいた判断が必要です。

 

その判断に基づき、私は母親に、こう伝えました。

 

 

 

鈴木「お母さん、おそらくご主人は、

   Mさんを本気で連れ去ろうとは思っていないでしょう」

 

母親「え?そうですか?」

 

鈴木「断言まではできませんが、おそらく」

 

母親「・・・・・」

 

鈴木「落ち着いて考えてみましょう。

   もし、本気で連れ去ろうと思ったら、絶対に見つからない所から様子を見ます。

   そして、人気のない所で声をかけるか、もっと強引な手段を取るでしょう」

 

母親「・・・たしかに、そうかもしれません」

 

鈴木「ところが、ご主人は、Mさんやお母さんから、  

   わざわざ、まる見えの所に立っていたわけですよね」

 

母親「そうですね。すぐにわかりました」

 

鈴木「しかも大通りの歩道の電柱の前に、人目がたくさんありますよね」

 

母親「はい。そうですね」

 

鈴木「本気で連れ去ろうという人間が、そんな事はしないと思うんです」

 

母親「じゃあ、なんでそんな所に立つようなことを・・」

 

鈴木「おそらく、威嚇のような、あきらめないぞという意志表示のようなことでしょう」

 

母親「それだけで、連れ去るまではないのでしょうか?」

 

鈴木「今のところは。でも、そういう威嚇も怖い話ですから、

   念には念を入れるに越したことはないでしょう。」

 

 

 

もちろん、これで母親の不安がスッキリ解消するわけではありません。

 

しかし、事態を正確に(客観的に)捉えることで、

一つ一つ落ち着いて対応を考えていくことが出来ます。

 

少なくとも母親も、本当に連れ去る意志がないのか、

それを自分の目で見極めようとするはずです。

 

 

 

こうした客観的理解も、ケース対応では必要です。

 

しかし、この客観的理解。

 

実は、共感的理解がしっかり出来ていないと、成り立ちません。

 

客観的理解は、共感的理解があってこそ、成り立つものです。

 

 

 

このMさんのケースでも、同様です。

 

 

 

Mさんや母親の心理状態に対してのしっかりとした理解。

 

そういう理解があって、はじめて、全体を客観的に把握できます。

 

また、Mさんと母親の心理状態が理解できていることで、

事態をどのタイミングでどう伝えるかも判断できます。

 

 

 

仕事の悩みでカウンセリングに訪れる人に対しても、同様です。

 

場合によっては、仕事の手順、一つ一つを見直す。

 

仕事の仕方、作業手順、動作などの見直し。

 

そうしたコンサルティングをした方が解決するケースもあります。

 

 

 

ただ、あくまでもそれは聞ける力があり、

共感的理解の力もあって、はじめて適切な客観視ができるもの。

 

クライエントの内面と、その外側で起きていること。

 

この両方が見えるからこそ、先々の見通しも立てられるのです。

 

 

 

ちなみに、Mさん親子のその後ですが・・・

 

しばらくすると父親は学校に姿を見せなくなりました。

 

しかし、今度は住所を突き止め、アパートの近くで姿を見せるようになりました。

 

 

 

こうなると、次の段階の援助が必要です。

 

この場合、福祉や警察など、行政のサポートが必要になります。

 

私は学校にそのことを伝え、学校側もすぐに連携を取りました。

 

 

 

その間、時折相談室に来談する母親のカウンセリングは続けました。

 

Mさんは、カウンセリングを受ける意志がはなく、

顕著な情緒不安定な様子もなかったので、

学校の先生たちが中心にケアしていくことになりました。

 

最終的にこのケースは、離婚をして決着しました。

 

 

 

母親が後でこう述懐していたのが印象的です。

 

「夫と一緒にいた頃、周りの人たちは早く離れることを助言していました。

しかし、私はそういう危機感がなかったのです。

今思い返すと、なぜ早く逃げなかったのかと思いますけど・・・」

 

 

 

DV被害にあう方に見られる典型的な告白でした。

 

「逃げられなくなる心理」への理解が、

こうしたケースでは必須ですね。

 

 

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