「どうすれば信頼してもらえるか?」メルマガ第170回:2016年3月30日

こんにちは、養成塾の塾長、鈴木です。

 

 

 

 

 「親身になってくれた」

 

 

Aさんというキャリアカウンセラーの方がおられます。

 

彼女は一年ほど前から、養成塾に来ています。

 

昨年のうちに「養成講座」も修了し、

公的機関でキャリアカウンセリングを続けています。

 

今の時期は、就活生の面接に追われているそうです。

 

 

 

先日、そのAさんと改めて話をする機会がありました。

 

近況報告も兼ねていろいろ話を伺っていくと、

自身のカウンセリングに変化が出てきたというのです。

 

 

 

具体的には、クライエントが面接後に書くアンケート。

 

その記述内容が変わってきたとのこと。

 

「親身になってくれた」という回答が、以前より増えたようです。

 

 

 

少し厳しいことを書くと、こうしたアンケートの信ぴょう性は、

実はあまり高くはないのです。

 

担当者(カウンセラー)が目を通す可能性のあるアンケート。

 

そうした前提がある場合、仮にカウンセリングに不満があったとしても、

多くのクライエントはそのまま不満を書かないものです。

 

むしろ、心あるクライエントの方なら、例え不満があっても、

好意的な感想を書いてくださるものです。

 

 

 

そういう意味では、鵜呑みにはできないのですが、

今回は「複数回答であった」という点が着目できます。

 

複数の方が「親身に」と回答。

 

しかも、傾向として、その数が明らかに増えてきた。

 

この変化は、純粋な変化として受け止めてもいいでしょう。

 

 

 

ではなぜ、「親身になってくれた」という回答が増えたのか?

 

私はすかさず、Aさんご本人に、

どうして増えたと思うかを問うてみました。

 

するとAさんは、こう答えてくれました。

 

 

 

「おそらく、こちらの『理解したい』という姿勢が、

いくばくか伝わっているのではないかと思うのですが・・・」

 

 

 

少し遠慮気味にそう言ったAさんの回答。

 

実は、私もこの回答は意外なものではありませんでした。

 

なぜなら、それは日頃から養成塾で徹底していることだからです。

 

 

 

謝った学習をしてしまったカウンセラーは、

助言や分析、励ましなどを多用したくなります。

 

しかし、精神的に追い込まれたクライエントにとって、

これらは有効どころか、害になる。

 

 

 

いかに助言や分析、励ましをしないで、

それをした時以上の回復を呼び起こすか?

 

それが、カウンセリングの基本形です。

 

 

 

では、カウンセラーは、助言や分析、励ましではなく、

一体何をすれば良いのでしょうか?

 

答えは「理解に努めること」です。

 

しかも、この理解は「的確に」であり「深く」であることが必要です。

 

 

 

ところが、この「理解」ということでは、

ほとんどのカウンセラーが苦労します。

 

多くが「理解できている」ではなく「理解できない」であったり、

「理解したつもり」で終わっています。

 

そして「理解したつもり」と「理解できている」とには、

想像以上のギャップがあります。

 

 

 

わかったようなことを言われる。

 

クライエントにとって、これほど抵抗を覚える経験もありません。

 

 

 

クライエントが求めるもの。

 

それは「わかったようなことを言われること」ではなく、

「わかってもらえたという実感」なのです。

 

 

 

自分の伝えたいことを伝えたいままに理解してもらえた。

 

その結果、クライエントの伝えたいことを、

カウンセラーと一緒にわかち合えたという実感が生まれます。

 

この実感こそ、人間に大きな力を与えるものであり、

専門的には「共感的理解」ともいわれるものです。

 

 

 

私たちにとって、大きな喜びでもあり、最も力に変わる経験。

 

それは「理解されることそのもの」にあります。

 

決して助言や分析や励ましなどではないのです。

 

 

 

よく、本当に信じている人間は、

「信じているよ」という言葉は口にしないといいます。

 

本当の意味でクライエントの悲しみ、痛み、

やりきれなさを理解できている人間も同じ。

 

真にわかっってあげられている人間は「わかるよ」などとは言いません。

 

 

 

昔、私は師匠に、こう諭されたことがあります。

 

不安と緊張で固くなっている小学生に私は

「(ここは)安心していいよ」と声をかけたのです。

 

しかし、師匠はその私の一言を聞き逃さず、、

急に眉間にしわを寄せ、厳しい口調で、こう言いました。

 

 

 

「『安心して』などと言葉でいっているうちはダメだ。

言葉ではなく、態度や空気で安心させるくらいのことが出来ないのか」

 

 

 

私はそう言われ、無意識の(不用意な)自分の言動に

ほとほと嫌気がさしたことを思い出します。

 

 

 

「わかるよ」「辛いね」も同じことです。

 

それはこちらが安っぽく口にすることではないのです。

 

 

 

こちらが口にすることではなく、クライエントが感じるから意味があります。

 

クライエントが自ら「わかってもらえた」と実感できることが大切なのです。

 

 

 

私たちは何かを伝えることも大切ですが、

このように「伝わってしまうこと」でも勝負しているのです。

 

 

 

「この人、本当に私の痛みを理解してくれている」

 

「この人は、私のこの深い悲しみを、我がことのようにわかちあってくれている」

 

 

 

クライエントが心から、そして自然にそう実感できている。

 

だからクライエントの心には、力が生まれていくわけです。

 

わかってもらえるということは、これほどの力を生むわけです。

 

 

 

では、具体的にはどうすればいいのか?

 

もちろん、それは養成塾で細か過ぎるほどに指導させてもらっています。

 

理屈や心理学などの理論に逃げていても出来ないことです。

 

「具体的には」「この場面では」とやらなければ、

身につくはずもありませんからね。

 

 

 

先にご紹介したキャリアカウンセラーのAさん。

 

彼女も、ひた向きにこうした努力を続けています。

 

おそらく本人は「まだまだです」という意識しかないでしょう。

 

 

 

ひた向きにやっている人間ほど、自分がまだまだだと思うものです。

 

まっすぐに取り組んでいる人間ほど、自分は未熟であるということを、

否定的にではなく、それこそ「まっすぐ」に受け止めています。

 

 

 

以下は、以前ご紹介した河合隼雄氏の言葉です。

 

 

 

「自分はダメなんじゃないかと思えなくなったとき、

それは本当にダメになったときです」

 

 

 

逆にいえば、自分はダメだ、未熟だ、まだまだだと、

それこそ本気で思えているうちは、伸びしろがあるということです。

 

そこに不安を覚え、その不安と真っ直ぐ向き合う限り、

進歩・向上が隣り合わせで存在するはずです。

 

この部分の自分に対する「手綱(たづな)」を緩めなければ、

まだまだ進歩・向上が可能になります。

 

 

 

相手が一番いいたかったことを、言いたかったままに理解する。

 

言葉にすると実にシンプルですが、いつなんどきでも、

カウンセリングの基本になる姿勢だと思います。

 

養成塾の塾生の皆さんには、このことを血肉かして頂きたと思っています。 

 

 

このメルマガを購読されたい方は下記よりご登録ください。↓

 

 

 

メールアドレス:

 (必須)
お名前  (必須)

 

 

 >>オープンセミナーの詳細はこちら