「話を聞いても、返す言葉が浮かびません」メルマガ第169回:2016年3月8日

 

こんにちは、養成塾の塾長、鈴木です。

 

 

 

先日、「傾聴トレーニング」を行いました。

 

ロールプレイの時間は、9分足らず。

 

もちろん、そのやり取りは録音しました。

 

 

 

聞き手役の塾生は、かなり苦労したようです。

 

何と言っていいのか?

 

どんな言葉を返すのが良いのか?

 

この判断がつかなかったと、感想を話してくれました。

 

 

 

そのため、ロールプレイの中で出した応答も、

中には「苦し紛れのもの」もあったそうです。

 

これが適切な返しである・・というものではなかった。

 

それでも、頑張って聞き手役を務められていました。

 

 

 

このロールプレイで話された話は、

特に難しいものでも、理解しにくいものでもありませんでした。

 

どちらかというと「わかりやすい」部類に入ります。

 

話し手をされた塾生も、かなりそこを意識していたようでした。

 

 

 

ここまでお読みになられて、どう感じられたでしょうか?

 

一方は、わかりやすく話そうとしていた。

 

一方は、どう言葉を返していいか、苦労した。

 

 

 

そして、実際には、わかりやすい話でした。

 

なぜ、このような事態になるのでしょうか?

 

なぜ、わかりやすい話を聞いた人間が、

その話に対し、返す言葉が見つからなくなるのでしょうか?

 

 

 

実は、答えは簡単なんですね。

 

それは、聞けていないし、理解もできていないということなんです。

 

わかりやすい話ですが、聞き手はわかっていない状態だったのです。

 

 

 

わかっていないから、返す言葉が出てこないのです。

 

どんな話だったかを聞かれたら、聞き手はおそらく、

そこそこ説明出来たでしょう。

 

 

 

そこそこは説明できるのに、言葉が返せない。

 

それは、適切な言葉を返すだけの「理解」が、そこにないからです。

 

そして、そうした理解だできるだけの「聞き方」も不十分だったのです。

 

 

 

少し煙に巻いたような書き方になりました(笑)

 

 

 

つまり、話の内容を通して、相手には、伝えたいことがあるんです。

 

問題にしたいことがあるから、話をするんです。

 

その一番伝えたいこと、問題にしたいこと。

 

これを聞き手が聞けていて、理解できていたら、

自然と適切な言葉(応答)は出てくるわけです。

 

 

 

このやり取りが出来ない。

 

そのため、カウンセリングの最初から

「助言」「無理矢理な質問」に逃げるしかなくなります。

 

 

 

先日、あるカウンセリングでの一場面。

 

その方は、子どもの頃から、自分の努力、葛藤、

そうした思いを誰にも気づかれないやりきれなさを話されました。

 

お話しを聞いていて、私の中に、はフッと浮かんできた言葉がありました。

 

 

 

私はそれを、そのままクライエントの方に投げかけました。

 

 

「わかってもらえないのも嫌だったけど、

わかったようなことを言われるのは、もっと嫌だった?」

 

 

その方は、実はそんな経験もたくさんあったと打ち明けてくれました。

 

 

 

私たちカウンセラーは、これを最も戒めなければなりません。

 

わかっていないのに、わかった振りをする。

 

わかっていないのに、わかったようなことを言う。

 

これはクライエントを一番傷つけ、悲しませ、

何よりも寂しい気持ちにさせてしまうことです。

 

 

 

わかっていないのなら、わかっていないと伝えた方がましなのです。

 

私はわかりたいと思うのだけど、まだ十分に理解できた感じがしない。

 

そう素直に伝えてあげたほうが、却って救われるかもしれないのです。

 

 

 

これがカウンセリングでいう「自己一致の表明」なのです。

 

 

 

しっかりとした理解があればあるほど、

絶妙な言葉が自然と出てきます。

 

もちろん、これは訓練と経験値が必要になります。

 

しかし、この絶妙な言葉(応答)こそが、

クライエントを明日へとつなぐ大切な架け橋にもなるのです。

 

養成塾では、その架け橋を育てたいと、私は思っています。

 

 

 

このメルマガを購読されたい方は下記よりご登録ください。↓

 

 

 

メールアドレス:

 (必須)
お名前  (必須)

 

 

 >>オープンセミナーの詳細はこちら