「間違った傾聴学習に苦しめられる人たち」メルマガ第160回:2015年12月22日

 

 

こんにちは、養成塾の塾長、鈴木です。

 

 

 

「傾聴」という言葉が独り歩きをしている。

 

私は授業の中で、たびたび、そんな話をしています。

 

傾聴の言葉の意味は知っていても、実際に傾聴ができているか。

 

「知っている」のと「出来る」のとでは、その意味が違ってきます。

 

 

 

巷のカウンセリング学習が、なぜ役に立たないのか?

 

それは、「知っている」に重点を置き過ぎているからです。

 

傾聴について、共感について、受容について。

 

テキストでは、はっきりいって「何とでも」書けてしまいます。

 

必要なことは、知っていることでも、書けることでもありません。

 

それが「出来るかどうか」だけなんです。

 

 

 

巷のカウンセリングの勉強は、スポーツに例えるとわかりやすいです。

 

テニスの「フォアハンド」は、ボールの方を向いて相手に打ち返していく。

 

こういう説明はできますよね、誰でも。

 

技術的な説明も、もっとできます、知識があれば。

 

 

 

しかし、この「フォアハンド」も、実際にちゃんと打てるかどうか。

 

そこが求められることのはずです。

 

テニスをやったことがない人間でも、本(テキスト)を読めば、

フォアハンドについては、プロ並みにプレゼンもできます。

 

しかし、実際に出来るかどうかとなると、話は別。

 

 

 

巷のカウンセリング学習も、これと同じです。

 

皆、説明の仕方だけ勉強しているようなものです。

 

「あとは、適当に素振りでもしておいて」というのが、

今のカウンセリング学習の主流です。

 

分厚いテキストをいくら読んでも、それでは「出来る」ようにはなりません。

 

 

 

では、傾聴ができるとは、どういうことでしょうか?

 

事例や逐語を通した具体的な指導は、養成塾の授業で行います。

 

ここでは「書く」ことで、お伝えしていきます。

 

ここで各ことは「実際にできている」という前提でお読みください。

 

 

 

傾聴できているということは、相手の話を正確に聞けているということです。

 

相手の話を一言半句、聞き漏らすことなく聞けている。

 

相手の一番言いたいこと、思いを正確に聞けている。

 

それが「傾聴できている」ということです。

 

 

 

一言半句聞き漏らさず、正確に聞けているかどうか。

 

そこをチェックするには、録音と逐語記録がどうしても必要になります。

 

この学習に臨まない限り、それは「自己満足」に終わるだけです。

 

 

 

では、そこまで正確に聞けるために必要な要素は何か?

 

一言でいうと、それは「集中力」です。

 

相手の話、相手の感情の動き、相手の微細な感覚。

 

こうした相手の「経験の世界」以外は一切排除して、全神経を相手に投入する。

 

そうした鋭く、深い集中状態を生み、それを維持することです。

 

 

 

ちなみに、共感的理解に必要な要素は「想像力」です。

 

これは「妄想」や「空想」ではありません。

 

自分勝手な「推測」「思い込み」とも区別する必要があります。

 

また、私は塾生に「立体的に聞く」という言い方で指導します。

 

 

 

話を「傾聴」に戻します。

 

「傾聴できている」とは、こうした集中力によって、

相手の伝えていることを正確に聞けているということになります。

 

そういう能力を磨き、その能力を発揮できていることを意味します。

 

つまり、「傾聴している」と言うことは、これらが「出来ている」こととイコールです。

 

 

 

養成塾では、傾聴を実践するためには、何が必要かを学びます。

 

それも、具体的な事例、やり取りを通して学びます。

 

言葉のやり取り、その瞬間の神経の働かせ方まで説明します。

 

 

 

先日も、ある方のご要望にお答えして、トレーニングを実施しました。

 

ロールプレイをしましたが、時間は5分間。

 

場合によっては応答が1~2回しか出来ない場合もあります。

 

しかし、それでも5分でストップして頂きます。

 

そして、そのやり取りを1時間ほどかけて解析します。

 

実際は、それでも時間が足りないことが多かったですが・・・・

 

 

 

たった一言の応答でも、そこには根拠が必要です。

 

なぜこの一言ではダメなのか?

 

どうしてこっちの一言の方が適切なのか?

 

その際に聞き手はどういう神経の働かせ方をすべきなのか?

 

どんな反射神経が求められるのか?

 

 

 

こうしたことを徹底的に解析し、検討していきます。

 

なぜ、ここまでやるのか?

 

答えは簡単、こうしないと、傾聴できるようにはならないからです。

 

分厚いテキストを何冊読んだって傾聴できるようにはならないからです。

 

具体的な、そして瞬間的な神経の働かせ方を身につけない限り、

傾聴できるようにはならないからです。

 

ただ、「ここまでやるのか」とは書きましたが、

私としては「このくらいは最低でもやらないと」と思っていることなのですが・・・

 

 

 

いずれにしても、分厚いテキスト学習と形だけの実技演習。

 

そして、実施する側にしかメリットのない「資格試験」の現状。

 

こうした歯車に巻き込まれ、迷路にはまっていく人たちの、なんと多いことか。

 

 

 

実際に話を聞く相手は、生身の人間です。

 

分厚いテキストを横に置き、目を通しながら、人の話は聞けません。

 

頼りになるのは、自分のもっている反射神経のみなのです。

 

だからこそ、その反射神経が磨かれるトレーニングを積むこと。

 

これが一番の近道であり、結局は王道なんですね。

 

 

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