「 反射神経こそカウンセリングの命」メルマガ第159回:2015年12月15日

 

こんにちは、養成塾の塾長、鈴木です。

 

 

 

カウンセリングの難しさは、反射神経にあります。

 

カウンセリングの反射神経という言葉は、私の経験から出てきた言葉です。

 

人の話を聞くときに、私たちは様々な神経を働かせています。

 

この神経の難しいところは、働かせていくとうこと以外に、

同時に「働いてしまう」という問題があるからです。

 

 

 

ちょっとわかりにくいと思うので、例を出して説明します。

 

カウンセリングに限らず、誰かの話を聞く場面を想像してみてください。

 

 

 

話はその人の口から発せられる「言葉」を介して伝えられます。

 

言葉は一つ、また一つと連続して発せられます。

 

その言葉にはそれぞれ、意味や役割があります。

 

 

 

言葉がいくつかまとまることで、そこに意味が出てくることもあります。

 

まとまって文章という形になって、初めて意味を持つこともあります。

 

いくつかの文章がまとまってくることで出てくる意味もあります。

 

かなりまとまったボリュームのあるの話、その全体から、初めて見えてくる意味もあります。

 

 

 

こうして言葉を介してこちら(聞き手)に伝わってくるものは様々です。

 

一つの言葉に複数に意味が解釈できる場合もあります。

 

通常のその言葉の意味とは違った意味がある場合もあります。

 

私たちはこうした言葉の複雑さに対し、耳を傾け、理解に努めています。

 

 

 

必要な神経を十分に働かせ続ければ、理解もしっかりとしたものになります。

 

しかし、そこに「余計な神経」が働いてしまうと、

理解はその分だけ、困難になっていくのです。

 

 

 

話し手は誰かに傷つけられた経験を話しながら、

自分も同じように誰かを傷つけてきたかもしれない。

 

そんな思いを秘めて、話をしていたとします。

 

ところが聞き手は、誰かに傷つけられたという内容にのみ関心がいき、

傷つけられた理不尽さに共感しましたよ・・という反応を投げ返します。

 

 

 

当然、話し手はピンとこないわけです。

 

なぜなら、話し手は「自分ももしや」という思いがあるからであり、

むしろそちらを伝えようという感じになっているからです。

 

 

 

こういう話も、しっかりと聞けていれば、話の裏に見え隠れする思いに気づけます。

 

その思いにそっと寄り添った言葉を投げ返せば、話し手は「伝わった」と感じます。

 

ところが、余計な神経が働いてしまうと、こうした微細な対応ができません。

 

 

 

こんな理不尽な思いをこの人はしたんだ。

 

それはさぞ、やりきれない思いになったことだろう。

 

もし自分だったら、尋常ではない憤りすら覚える。

 

 

 

こういう「余計な神経」が「働いてしまう」と、

もう聞けなくもなるし、理解もできません。

 

働いてしまった神経によって出てきた的外れな理解をもとに、

いくら応答の言葉を探したところで、それはピッタリとは来ないのです。

 

 

 

厄介なのは、余計な神経が働いてしまっていること自体に、

ほとんどの人が気づけていない、無自覚だということです。

 

何を知っているかではなく、何を自分がやってしまっているかから出発する。

 

私がいつもそういっているのは、こうした背景があるからです。

 

 

 

心理学の理論や知識でいっぱいになった頭ほど、

こうした余計な神経が働きやすくなってしまうのです。

 

綺麗な言葉で飾られた理論に陶酔することによって、

本当に必要な神経が失われていくといっていいでしょう。

 

新しい理論に次々と傾倒していくことの副作用です。

 

 

 

そうした心理療法は、傾倒するものではありません。

 

傾倒することと、学ぶということは違うのです。

 

一人のカウンセラーやセラピストを信頼することと、

彼らに陶酔し、傾倒することとは、その意味がまるで違ってきます。

 

 

 

では、どうすれば相手の伝えたいことをしっかりと掴み、

必要な神経を適切に働かせることができるのでしょうか。

 

どうすれば余計な神経を不用意に働かせてしまうことを防げるのでしょうか。

 

 

 

答えは実にシンプルです。

 

シンプルなことをシンプルにできるようにするだけです。

 

(実はそれが一番難しいのですが・・・・)

 

 

「この人が本当に伝えたいことは何だろう」

 

「この人が最もわかってほしい思いはなんだろう」

 

 

 

こうした観点を失わずに(ブレずに)聞き続ける。

 

だからこそ、その裏にある思いに、こちらも気づくことができます。

 

 

 

先の例に話を戻します。

 

 

 

自分が傷つけられた話をしているのだけど、なにか考えながら話している感じがある。

 

傷つけられた思いに深い実感をもって訴えている語りとは、少し違う。

 

やりきれない思いを切実に訴えるのとは違い、どこか落ち着いた感じすら漂う。

 

 

 

必要な神経をしっかりと働かせ続けていれば、こうしたことが見えてきます。

 

そこで、話の内容だけではなく、その裏にも心を配りながら聞いていく。

 

だからこそ、その裏にある「自分もそうしてきたのではという内省や洞察」に気づきます。

 

 

 

こうした反射神経の働かせ方を身につける。

 

これがカウンセリングではどうしても必要になります。

 

 

 

これは技法とかテクニックでできるものではありません。

 

深い人間理解、人間信頼、研ぎ澄まされた感受性、深く鋭い洞察力。

 

こうした様子を一つ一つ磨いて、自分の根本姿勢としていくことが必要になります。

 

 

 

さらに、こうした要素を具体的な事例を通して、細かくチェックしていく。

 

そうしないと、こうした反射神経の養成はできません。

 

 

 

「あり方」と「やり方」は、常に両輪としてあります。

 

どちらが欠けても成り立たないし、片方だけ上手く働くということもあり得ません。

 

どちらもが一体となり、十分に機能するからこそ、

確かな方向へ真っ直ぐと進むことができます。

 

 

 

カウンセリングの反射神経とは、傾聴の反射神経であり、

共感的理解の反射神経であり、ケースの見立ての反射神経です。

 

これらの神経を必要なだけ働かせ、無駄に、不要に働かないようにする。

 

カウンセリングの学習は、もう、これをとにかくやっていくしかありません。

 

 

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