「援助の本質は人間理解」メルマガ第155回:2015年11月5日


傾聴や共感は、実はほんの入り口です。


もちろん、傾聴や共感は、入り口として非常に重要です。


また、多くの学習者が、ここで立ち往生しているのも事実です。


しかし、あくまでもそれらは入り口。


本質は人間が立ち直るということそのものにあります。




カウンセラーや援助者は、人間が立ち直る過程を熟知している必要があります。


そこがよくわかていないと、援助者の中に不安や迷いが生まれます。


人が立ち直るとは、どういうことなのか?


人間が立ち上がっていく過程とは、どういう家庭をたどるのか?


しっかり援助できるためには、こうしたことを熟知している必要があるわけです。




援助者は、そういう点で、不安や迷いが極力ないことが望ましいでしょう。


援助者も人間ですから、多少の葛藤はあるものです。


しかし、基本的に援助の過程では、不安や迷いは禁物です。




先日、エンカウンターグループを実施したときのことです。


一人の参加者が、自分自身の何年にもわたるトラウマと向き合いました。


何度も席を立ったり、泣き続けたり、身体にも震えが出ていました。


一言も言葉を発することもできず、皆と目を合わせることすらできずにいました。


過去の辛い経験がフラッシュバックしていたそうです。


おそらく、他の参加者も気が気ではなかったと思います。




私は彼女が席をはずしたとき、他の参加者に、

彼女は今自分と闘っていると話しました。


そして、最後にこう付け加えました。




「彼女の力を信じるしかないですね」




正確には彼女の中にある立ち直る力を信じるということです。


彼女の立ち直りたいという、その思いを信じるということです。




その後も適宜、彼女のは声をかけながら、様子を見ていました。


ある時、意を決して、彼女は自分自身のことを話はじめました。


その時を境に、彼女の顔つき、態度はガラッと変わりました。


彼女いわく、本当に一瞬で変わったそうです。


彼女が変わったのは、他の参加者から見ても、一目瞭然でした。


そして、彼女に触発されたかのように、

他の参加者も自分のトラウマと向き合い始めたのです。




この過程で、私はファシリテーターとして、終始一貫した態度でいました。


一貫したあり方といったほうがいいかもしれません。


それは、彼女の立ち直る力を信じて待つということでした。




これが一貫して貫けたのは、人間が立ち直る過程を理解できていたからです。


多くのカウンセリング経験を通して、そのたどり方を知っていたからです。




一方で、彼女がもしエンカウンターグループに来られなくなったり、

途中で帰ることになっても、それを受け容れようと思って居ました、


私はそこからまた、スタートすれば良いと考えていたからです。


逆に、この姿勢があったからこそ、腹を据えてそこに居られたのかもしれません。


いずれにしても、人間が立ち直るとはどういうことなのか?


人が立ち上がっていくプロセスではどんなことが起きるのか?


こうしたことをよく理解しておく必要があります。




私の師が、心理学など学ぶ必要はないと、生前よく言っていました。


それは、知識レベルで「知っている」だけでも、どうにもならないということです。


しかし、こうした人間の生々しいあり様は、熟知していく必要があるでしょう。


そして、そうしたプロセスの一つ一つの場面で、援助者として何をしていくのか?


ここが一番肝心な場面であり、最も重要なテーマだと思って居ます。




しっかりとした援助ができなかったり、そこで悩んでしまうのは、

人間理解が不十分だからということが多いです。


これは、塾生の様々な事例検討を通して、私が実感しているところでもあります。




待つべき場面で待てなかったり、動くべきタイミングで動けない。


言葉のかけ方、動き方が適切でない。


こうしたことは、援助者の未熟さとして、受け止めるしかありません。


しかし、人間理解が深く、立ち直るということの本質がわかっていれば、

より適切な援助ができるはずなんです。


こうした人間理解、立ち直ることへの本質的な理解。


私たちは、そういう学習を、経験を通して続けていくしかないでしょう。



このメルマガを購読されたい方は下記よりご登録ください。↓

 

 

 

メールアドレス:

 (必須)
お名前  (必須)

 

 

 >>オープンセミナーの詳細はこちら