「ほめようとすること自体が否定的」メルマガ第142回:2015年6月18日


相手をほめようとする。


相手をほめたくなる。




この両者、実は、全く違うスタンスです。


いえ、全く逆のスタンスといえるかもしれません。


どこがどう違うのか?おわかりになりますか?




カウンセラーの基本姿勢で、こういうものがありますね。



「肯定的配慮(積極的関心)で臨む」



カウンセラーはカウンセリングの際には、

クライエントに対して肯定的な姿勢でいる。


肯定的な関心、肯定的な感情、肯定的な捉え方。


それも限りなく、全面的に・・といわれています。




「相手をほめようとする」は、一見、肯定的のように感じます。


しかし、実際はむしろ、否定的なスタンスからの働きかけなんです。




どういういことか、ご説明します。




「ほめようとする」ということは、

意識的、意図的にほめようといことです。


それは、ほめるところを見つけようということ。


つまりは、ほめるところがすぐには思い浮かばないから、

だから見つけよう・・ということになります。


ほめるところが見つからないという時点で、

これはやはり、否定的ということになってしまいます。




子どもをほめようとする。


部下をほめようとする。


旦那をほめようとする。




いずれも共通する捉え方が働いています。




これに対して「ほめたくなる」は、どうでしょう?


ほめたくなるわけですから、そこには「自然と」とか、

「思わず」とか「心から」という感じがあります。




自然とほめたくなる。


思わずほめたくなる。


心からほめたくなる。




これは肯定的な感情、捉え方といえますよね。


本当にほめたくなったわけですから。




このお話、もう少し踏み込んでみます。


ここからが大事なところに入ります。




私がスクールカウンセラーをしていたとき、

学校でいわゆる問題児のレッテルを貼られた子がいました。


問題行動を起こし、トラブルを起こし、

その度に問題になり・・・といった子どもたちですね。


経験と共に、彼らに対し私は「ほめようとする」といったことは、

段々としなくなり、しようとも思わなくなりました。


また、ほめたくなった時でさえ、ほめるということはしませんでした。




ほめるというのは、ある意味「評価」です。


こっちが評価する気はなくても、子どもは(クライエントは)

そう感じる場合があります。


だから、私はほめたくなったとき、

その奥にある自分の感情を言語化します。


例えば



「嬉しい」「驚いたよ」「安心した」などです。



これも「ほめようとする」という意図で言ってしまうと、

相手には「評価」として伝わります。


でも、これが「心から」であれば「評価」としては伝わりません。


現に自分の中にある感情や感じ。


それを言葉にしただけであれば、そのまま相手に伝わります。




大切なのは「意図的」ではないこと。


本当に、正直に伝えるということです。


子どもの場合は、大人よりも、この「正直」がすごく大切です。


子どもは肝心なとき、大人が正直かどうかを気にするからです。




学校では「憎たらしい子」と見られた子どもだち。


そういう子どもを「可愛い」「面白い」「好きだなあ」と思えるか。


学校では「分かりにくい子」と見られた子どもたち。


そういう子どもに「わかりたい」という強い関心を保てるか。




そしてこれは大人も同じことです。


誰もが愛をもって働きかけて欲しいと思っています。


誰もが「わかってほしい」と思っています。




だからこそ、限りなく肯定的だと、カウンセリングは上手くいきます。


「わかりたい」という強い関心が、クライエントの心を開きます。




もちろん、言うは易く、実践は簡単ではありません。


私も何度も失敗し、その度に自分を責め、

師匠がわずかにくれるヒントを渇望してきました。


でもこれは、カウンセラーとしてだけでなく、

一人の人間としても大切なことのような気がします。


私もまだまだですが、この感覚を大切にしていきたいと思っています。





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