「カウンセラーは何もしない」メルマガ第141回:2015年6月3日



カウンセリング事例というのは、困難の連続です。


一人の人間(クライエント)が、どうにも対処できない困難。


そういう事態への対処は、専門家であっても、

やはり困難なことだといえます。




困難な事例とは、例えば・・・・




家族が自殺をしたばかりでショックを受けている。


子どもが不登校で家で暴れている。


刑務所から出たばかりで、人生見つめ直したい。


お腹の子を中絶したが、その後、猛烈な後悔に襲われている。




これらは実際の私の事例の一部です。


こうした困難に、果たしてカウンセラーとして、

どんな対応ができるのでしょうか?


どうすれば、こうした困難の中にある人の心に

しっかりと寄り添うことが出来るのでしょうか?


そして、あなたは、まさに

そこが知りたいと思っているのではないでしょうか?




最初に理論や方法論があるわけではありません。


最初にこうした現実、困難があって、そこから始まる話です。


普通の人なら、かける言葉すら見つからない状況です。


そうした状況にある人たちに何ができるのか?


カウンセリングは常に、そうした「具体」から出発します。




家族が自殺をしたばかりでショックを受けている人に、

あなたならどんなカウンセリングをしてあげられますか?




子どもが不登校で家で暴れているというSOSに、

あなたはどう対処してあげることができますか?




刑務所から出たばかりの人間に、

あなたならどう寄り添ってあげることができますか?




中絶手術した後、自分は我が子を殺してしまったと泣き続ける人に、

あなたはかける言葉が見つかりますか?




これはその状況が困難なだけではありません。


その困難な状況の中で絶望感を深めているクライエントの心。


その心の中にある困難さに寄り添うということです。




カウンセリングは常に、そういう場面の連続です。


そういう場面では、理論や知識、テクニックは何も役立ちません。


そういう場面で、あなたならどんな気持ちで、

その人の前に座ることができるでしょうか?




一つだけ言えることがあります。




それは、カウンセリングはこうした「限界の連続だ」ということ。


その限界の中で出来ることをするしかないということです。




カウンセラーが出来ることは、実際、本当に限られています。


「何ができるか?」と考えた時、

「今は何もできない」ということが少なくない。


表面的な対処ではなく、本当にその困難を受け止めたとき、

「今は何もできない」となるのです。




そういう「何もできない」という現実とどこまで向き合えるか。


カウンセリングの基本がそこにあります。




河合隼雄氏は、その著書の中で、こんな言葉を残しています。




「カウンセラーというのは、何もしないことに全力をあげるものだ」




さすがに見事な表現ですね。


ズバリ、人間援助の本質を突いています。




「何もしないことに全力をあげる」というのは、本当です。


私も、日々、そこに力を注いでいるようなものです。




経験が浅いと、つい、何かをしたがります。


何もできない=無力 という風にしか思えないからです。


何もしないということの意味が、まだ見えてこないからです。




何もできないという無力感に耐えられず、

ついつい何かを言ったりやったりしてしまうんですね。


これは「沈黙」に耐えられない心理にも共通しています。




しかし、ここまで読んで、もうお気づきかと思います。


私は「何もできない」と「何もしない」を使い分けていますよね。


そう、それぞれ、意味合いが全く違うわけです。




とにかく、経験の浅いうちは「何かしなければ」とばかり考えます。


「何か言ってあげなきゃ」「役立つことを教えてあげなきゃ」


そんな事で焦りに焦ってしまいます。




しかし、実際は「何も言ってあげられない」であり、

「何も教えてあげられない」というのが現実。


そういう現実がいつも出発点になっています。


そうした困難な中に、自分の座る位置を定める。


カウンセリングはそういうところが第一歩になります。




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