「話を聞ける人、聞けない人、その違いは?」メルマガ第139回:2015年5月8日


「話が重くて聞いていられなくなるんです」



誰かの相談話や愚痴ばなし。


これをずっと聞いていると辛くなる。


確かに一般的には、こういった話は聞くのは難しいものです。




ずっと聞いていると、重たくなる、イライラしてくる。


その結果、まともに聞いていられなくなります。


カウンセリングを学びに来る方の中には、

こうした理由から勉強に来られる方もいます。


つまり、もっとしっかり聞けるようになりたい。


本当の意味で寄り添える人間になりたいということでしょう。




ここで一つ質問です。




話を聞いていられないという状態になったら、

私たちはどういうことがしたくなるでしょう?


答えは簡単で、話をストップさせたくなります。


それ以上話が続かないようにするわけです。




でも、まさか「もうその話はやめて!」とは言えませんよね。


そうは言えないので、どうするかというと、

話がそれ以上出来ないような「働きかけ」をします。


例えば、それは「助言(アドバイス)」「質問」であったり、

聞いた話に対する「感想」であったり「励まし」や「説得」であったりです。




「こういう考えに変えてみたらどう」

「・・で、あなたはどうなりたいの?」

「私もそういう事があったよ」

「大変だよね。でも皆がんばっているんだから」




こう言ってしまえば、相手はそれ以上話が出来なくなります。


つまり、私たちは無意識に助言や感想や励ましをすることで、

相手の話したいという気持ちを封じ込めているかもしれないのです。


もちろん、何事も動機が大切です。


きちんとした根拠をもって助言や質問を行えば、

それは逆に相手の話が促進されるでしょう。


ただ、その根拠というものを持てるようになるには、

一定の経験と訓練、つまりそれだけの「力」が必要です。




ですから、助言や質問そのものがNGではありません。


ただ、どういう根拠で、そこで助言や質問をするのか?


どういう判断から感想を伝え、励ましたりするのか?


そこが大切になってきますね。




では、こうした話をどうすればしっかり聞けるようになるのでしょう?


「コツ」や「秘訣」はあるのでしょうか?




ちなみに、私はカウンセリングを始めて12年近くになりますが、

相手の話を重たくて聞いていられないという経験はありません。


よく「相手の話を聞いていて、精神的にきつくなりませんか?」ときかれます。


正直、そういうことは今までありませんでした。




自分の聞き方の未熟さに嫌気がさしたことは、何度もあります(笑)


でも、相手の話に対してそういう感情は動きません。


それは、トレーニングをしっかり積んできたからであり、

話を聞く「コツ」や「秘訣」を実践しているからです。




実は「コツ」や「秘訣」はあるのです。


それは、応答の仕方以前のところにあります。




私はクライエントの話を聞かせて頂く際には、

「クライエントその人」に、強く深い関心を寄せます。


当然、クライエントの話すことに対しても同様です。


なぜなら、クライエントの話そのものや話の奥に、

クライエントの人と成り、人生観、人間性が垣間見えるからです。




私は、クライエントの人間性の一旦にふれる瞬間に、

静かな喜びを感じていることに、ある時から気づきました。


これは転移といったレベルの話ではありません。


一人の人間として純粋に関心を寄せるということです。




この人は今まで、どんな苦労を背負ってきたのだろう。


どんな痛みを感じ、どんな努力を重ね、

どんなジレンマにぶつかってきたのだろう。


どんなことに涙し、どんなことに歓喜し、どんな人生を歩んできたのだろう。


こうしたことに「強く深い関心を寄せる」ということです。




この一点に強く深い関心をもちながら話を聞きます。


だから、話をどこまででも聞くことが出来るのです。


そしてその結果、クライエントその人自身に深くふれる瞬間があります。


私はそこに、感動し、ありがたみを感じ、

クライエントに対する敬意を再認識するのです。




実は、同じことを書いている人がいました。


私の師匠の吉田が尊敬していた遠藤勉という方です。


遠藤氏は当時、友田不二男と並ぶ優れた臨床家でした。


その遠藤氏も、以下の同様の記述を残しています。




「私自身がカウンセリングに強い関心をもち、

現在積極的に取り組むようになっている理由を内省するとき、


大きな理由として、深層的レベルにおける

クライエントその人との心理的接触に深い喜びを経験するということ、

この事実は否定できない。」




つまり、クライエントの問題はどこにある・・とか、

どうしたら問題解決できるか・・とか・・・


そういう聞き方をしていないということです。


問題を解決しなければという観点に縛られれば、

おそらく途端に話が聞けなくなるはずです。


そしてこの聞き方は実に多くのカウンセラーがやっています。


やっている本人に自覚すらないほど、浸透しています。




相手を分析的にみたり、解釈的にみたり、問題視されたり、

される方はたまったものではありません。


心理のカウンセラーと話すとき、

そういう観点でクライエントを捉えている人があまりにも多いと感じます。


なぜ、クライエントを一人の人間として捉えないのかと思います。




逆にいえば、一人の人間として深く接触ができるとき、

聞き方、カウンセリングにおいて、真の援助の扉が開かれます。


ここが理解でき、実践レベルまでもっていけた人なら、

この観点に異論を唱える人はいないと思います。


つまり、一人の人間として純粋に関心を寄せるということは、

相手の人格を限りなく尊重し、敬意を払う姿勢と感覚を意味します。




こうした観点と意識を以て、悩んでいる人の話を聞ければ、

それこそずっと聞くことが出来るし、深く聞くこともできます。




そこで結論。




どこまででも話を聞けるようになるには、

相手の人間性や人格に対して、強く深い関心を寄せること。


そして、話を聞いている間は終始、

その関心を持ち続けることだといえるでしょう。




難しい心理学の知識や理論は不要です。


ただ、一人の人間として「当たり前の感覚」を働かせる。


人間援助の基本は、いつもここから出発するのではないでしょうか。





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