「事例から見る援助とは何か」メルマガ第134回:2015年3月13日


悩んだり苦しんだりして、そこからなかなか抜け出せない。


そんなとき、私たちの心には、いったい何が起きているのでしょう?




そこには混乱した感情が起きています。


そしてその感情を明確に意識できない自分がいます。


ですから、先ずは自分の中で起きている感情。


その感情をしっかり意識化できるようになることが必要です。




感情が意識化できると、なぜその感情が起きたかも見えてきます。


つまり、その感情の背景にある物事の捉え方。


自分が経験から無意識に学習してしまった捉え方に気づきます。


その捉え方の存在に気づけば、冷静にその捉え方の是非を検討できます。


そうやってより健全で、より現実的で、より建設的な捉え方を選択したい。


そういう意志が芽生え、新たな選択をしていくようになります。




この流れに注目して開発されたのが、エリスの論理(情動)療法であり、

ベックの認知(行動)療法です。


・・・と、皆さんは学んだかもしれません。


しかし実は、ロジャーズの来談者中心療法も、

これと全く同じことに注目しているということを知る人は少ないようです。




ロジャーズのカウンセリングでも、その一つの到達点には、

クライエントの物事の捉え方を変容するというものがあります。


クライエントが偏った、非建設的な捉え方をしている。


その捉え方によって、現実の問題にぶつかったとき、

様々な感情の混乱が引き起こされる。


そこで、自分自身を十分に語り(言語化し)、

そこで出てきた感情や気づきをカウンセラーとわかち合う。


その分かち合いを通してクライエントが自分の感情を認識し、

やがてその背後にある捉え方の存在に気づく。


そこから建設的な捉え方の獲得に取り組む。


これが来談者中心療法の目的の一つです。




ですから「傾聴」も「共感的理解」も、

そのための手段の一つであって、目的ではないのです。


「傾聴」も「共感的理解」も、クライエントの捉え方の変容には、

最も有効な手段の一つになることは間違いありません。


しかし、時には(例外的に)この2つの手段だけでは

適切な対応となりえない状況や場面があります。


今日は私が小学校のスクールカウンセラー時代に経験した

ある場面(事例)を元に、改めて「援助とは何か」を考えてみます。


これは私の子育て向けFacebookページでも紹介した事例です。


その事例をもっと解説を挟んで下記にご紹介します。






小学校5年生だったK君。


彼はなかなかクラスメイトに馴染めず、苦労していました。


入学直後から、ちょっとしたことでケンカになったり、

先生には反抗的だったり・・・


職員室でも、K君のことはよく話題にのぼり、

先生たちは皆心配していました。




そんなK君が私の相談室にフラリとやってきたのは、3年生の頃。


K君は何気なく相談室に入ってきて、

私と他愛のない会話を楽しむようになりました。


休み時間に遊びに来るような感覚で来室していたのだと思います。


K君の家庭はいろいろな事情を抱えていたので、

K君にはそうしたストレスもありました。


学校では心を閉ざし、クラスメイトや先生からの働きかけにも、

素直に応じることが出来ずにいました。


周囲の働きかけに対して頑なになり続けるK君。


やがてK君とクラスメイトとの間には、

段々と溝が生まれるようになってしまったのです。


K君はますます孤立し、本人も半ばやけ気味な学校生活となっていました。




そんなK君ですが、私と会話するときはとても楽しそうでした。


先生たちには「フン」という態度をわざわざ取るのですが、

私の顔を見ると飛びついてくるのです。


先生たちには申し訳なかったのですが、

私はあえて彼の態度を注意することはしませんでした。


今の彼にとって、私という存在が唯一、学校で心開ける存在だったためです。


彼の問題行動を取りあげて注意するのではなく、

彼の心と話をしたかったのです。


私がK君と関わるときに心がけたのは、K君の話たいこと、K君がわかってほしいこと。


そうしたことをとにかく「ひたすら聞く」

「ひたすら理解に努める」ということでした。


いつしか、K君と私との間には、絶対的な信頼関係が生まれていました。


これは私がK君に対して、他の学校職員の誰よりも

肯定的な関心を寄せ、率直に(自己一致して)接してきたこと。


そしてK君のどんな話にも真剣に耳を傾け、

共感的理解を示し続けてきた結果でした。




K君が5年生のある日のこと。


年に一度の運動会に向けて、

朝の予行演習を校庭で全校生徒が行っているときでした。


全体演習を見ていた私がフッと下駄箱に眼をやると、

そこには呆然と立っているK君の姿が見えました。


そう、彼は運動会の全体練習に一人、遅刻してしまったのです。


先生たちも生徒たちも、下駄箱のK君には気づいていません。




私はソッと下駄箱に佇むK君に近づきました。


K君が言うには、起こしてくれる約束だったのに、

お母さんが起こしてくれなかった。


本当はちゃんと参加するつもりだったのに、

それもあって遅れてしまったということでした。


その言い分はともかく(笑)K君はいたたまれない様子でした。


全校生徒が一丸となって参加している全体練習に足を向けることができず、

そのまま2階の教室に上がってしまいました。




私も彼の後ろをソッと付いていきました。


教室で一人、K君はポツンと座っていました。


明らかにふてくされたような顔をして下を向き、

自分の席を動こうとしない様子でした。


私はK君の目の前の席に座り、しばらく彼を見守っていました。




時は静かに流れていきます。


二人の間には沈黙の時が流れ、校庭の全体練習で流れる音楽や、

先生たちの笛の音が虚しく響いて聞こえました。


数分の沈黙ののち、私は窓の外に目を向けたまま、

静かに口を開き、K君にこんな風に語り掛けました。




「K君、君が練習に参加したくない、いや、今更参加できないと思うのなら、

ここにいることに関して先生は何も言わない。


確かに今から練習に参加するのは、大勢の子たちや先生の視線が厳しいよね。


でもね、このままここに居て、それで皆が練習を終えて帰ってきたとき。


やっぱりそれはそれで厳しい状況になるよね。


もし、みんなが「ずるい」「なんでサボった」みたいなことを言われても、

君がそれを甘んじて受け入れられるというなら、先生は何も言わない。


でもね、もしそれは受け容れられないというのなら、

このままここに居るという選択も、やっぱり楽じゃないよね。


どちらを選ぶか、そのへん、よ~く考えてほしいと思う。」




K君は私の話を下を向いたまま黙って聞いていました。


私はK君に助言をしたり、説得をしたわけではありません。


まして「そんなことしてはダメだよね」とも言いませんでした。


私の「捉え方」を率直にK君に伝えたのです。


私はK君との間には強い信頼関係があると判断し、

この働きかけを選択しました。




私はそこまで話をし、口を閉じました。


しばらくまた、沈黙の時が流れます。




1分ほど経って、K君は黙ったまま、おもむろに立ち上がり、

ゆっくりと教室の出口に向かって歩き始めました。


私は何も言わず、K君の後ろからやや距離を取りながら付いていきました。




本当にゆっくりとした、いえ、重い足取りでした。


行きたくないというK君と、やっぱり行かなきゃというK君が、

心の中で葛藤しているように見えました。


ゆっくりゆっくりと廊下を進み、階段を下り、

K君は下駄箱で靴を履きかえました。


そしてその間、こちらを振り向くこともなく、

黙ったまま、校庭に向かったのです。




そのとき、ちょうどK君の肩越しに、私と担任の先生との視線が合いました。


私がK君の肩越しにニコッと合図を送ると、先生は事態を了解できたようで、

ソッとK君を迎え入れました。




頑なになったK君に私がしたことは、指示でも説得でもありません。


私が彼に与えたのは「選択権」です。


どちらを選んでも尊重するよという態度を示したのです。


しかし、それぞれの選択肢を選んだとき、どのような事態になりうるか。


それぞれの選択肢を選ぶことが

K君にとってどんな意味があるかも同時に伝えました。


その可能性を伝えた上で、彼に選択を委ねたのです。




仮にK君があのまま自分の席から動かないことを選択したとしても、

私はその選択を尊重するつもりでいました。


そのまま身動きが出来ず、クラスメイトの刺さる視線と不満の声。


それをK君が受け止められず、荒れた事態になったとしても、

私はそこから何度でもスタートを切ろうと思っていました。


彼が選んだ選択がどういう選択であっても、

そこからまた一緒に考えようと思っていたからです。




選択権を与えられたK君はどんな気持ちだったでしょう。


おそらく「尊重された」という思いと同時に、

その「責任」が両肩にズシリとのしかかったはずです。


ある意味「こうしなさい」「何やってるんだ」と怒られるよりも、

私の投げかけははるかに厳しかったはずです。


だからこそ、K君は本気で考えたでしょうし、

自らの意志で選択を行ったといっていいのではないかと思います。




「小学生といえども、最終的には自分の道は自分で切り拓くしかないんだよ」




私の師匠が生前教えてくれたことです。


子どもといえども、自分で選択するという機会を奪ってはならない。


そんな教えを忠実に守ろうとした、スクールカウンセラー時代のお話です。




頑なに心を閉ざしていたK君。


その心を動かすために必要だったことは、次の3つのことでした。




1)K君がどんな問題行動を起こそうと、全面的に肯定的でいること。


問題行動を肯定するということではありません。


その問題行動を選ぶしかなかったK君の心の内を肯定(理解)するということです。




2)K君の胸の内を常に理解していること、また理解に努めること。


自分の気持ちを誰よりもわかってくれる。


そういう存在に子どもは閉ざした心を開きたくなるようです。


K君の内面理解がしっかりとできれば、こちらも対応に迷うことはありません。




3)場合によっては、いつでも率直に(本音で)関わり合える関係


「この人はウソをつかない」あるいは「この人にはウソをつけない」


そう子ども自身が思える関係性を粘り強く築いていたことです。




難しい理論や理屈は要りません。


ただ目の前の子ども(クライエント)とどう向き合うか。


その「具体」が常に求められるということです。




臨床は常に「いざ」の連続です。


別の学校では、相談室の机の上に乗り、

室内の資料をぶちまけられたことがありました。


やはり、その学校で最も荒れていた子ども(男児)でした。


こういう時、どう対応すればいいのでしょう?




答えなんかないんですよね。


答えなんかないけど、その時は何らかの対応を迫られる。


どういう態度を取るか、どう対応するか?


それは現場で自分(カウンセラー)が咄嗟に選択するしかないんです。




そういう「いざ」の連続に直面し、いろんなことを試される。


そこで逃げていたら、私たちカウンセラーに「明日」はないんです。


現場で打ちひしがれても、どうすれば良かったのかを必死で考える。


スーパーバイザーに助言を受けながら、私もがむしゃらに取り組みました。




その中で見えてきたこともあります。


相談室の資料をぶちまけながら、彼はこっちを見ている。


自分のやっていることに、こちらがどういう反応を見せるのか。


それをちゃんと見極めようとしてやっているんです。


こっちも必至だけど、彼も生きていくために必死にやっているんだ。


そういうことが段々と見えてきたんですね。




最終的には彼とも絶対的な信頼関係を築くに至ります。


しばらくして、師匠が研究所をたたむために

私も学校を去るときが来ました。


その時、彼は私との別れを惜しみ、号泣したのです。


彼の号泣に一番驚いたのが先生たちでした。


そう、問題行動を起こし続け、反抗的な態度を取り続けてきた。


その彼が学校内で号泣するという事態は、まさに「驚き」だったのです。


そのとき、彼の号泣する背中を黙ってさすりながら、私は思いました。


自分がやってきたことは、少なくとも間違ってはいなかったのではないか・・・・




「我々に資格を与えられる人間がいるとすれば、それはクライエントだ」




師匠の言葉がそのとき、浮かびました。


私に資格が与えられたとは思っていません。


ただ「援助」とはどういうことなのか?


そのことを深く考えさせられた場面でもありました。




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