「相槌(あいづち)がいかに重要か」メルマガ第119回:2014年11月29日


今回は「あいづち」について。


先ず、先日ブログやFacebookに書いた内容を再掲載します。

その後、メルマガ読者限定の内容に続きます。


【"あいづち"がいかに重要か】

※ブログ・Facebookの記述


ここは盲点になっています。


何かというと、話を聞くときの"あいづち"のことです。




カウンセリングに限らず、人の話を聞くとき。


ほとんどの人が"あいづち"を打つと思います。


カウンセリングでも、この"あいづち"について、

学んだことがあるかもしれません。


しかし、世間一般で言われている"あいづち"ですが、

その重要性について理解できている人は少ないと思います。




カウンセリングスクールでは「こまめにあいづちを入れましょう」とか、

「はっきり入れましょう」とか・・・


"あいづち"を打たないと、クライエントを不安にさせるとか、

しっかりした"あいづち"こそが共感を伝えるとか・・・


つまり、あいづちの「打ち方」について、

半ば技巧的な、表面的なアドバイスに終始しています。




しかし"あいづち"は、そんな技巧的な、表面的なものではなく、

カウンセリングの流れを左右する重要な要素なんです。


もっというと"あいづち"の打ち方をみれば、その聞き手の実力の程がわかります。


それほどに、この"あいづち"というものには、奥の深さがあるわけです。




日本にロジャーズが広がったのは、戦後まもなく、

昭和25年から30年代のことでした。


当時、心理臨床家で教育者でもあった友田不二男氏が中心になって、

ロジャーズの論文が次々と翻訳されていきました。


私がカウンセリングを学んだ吉田哲は、その友田氏の一番弟子でした。




その吉田の"あいづち"は、やはり一流でした。




"あいづち"に一流も二流もあるのか?と思うかもしれません。


しかし「深み」のある、「芯(しん)」のあるあいづちであり、

「味のある」あいづちでした。


吉田があいづちを打つ度に、面接の流れが深まり、

クライエントの洞察は進みました。


そんな迫力と重みをもったあいづちでした。




私はそういう一流の"あいづち"にふれてきたので、

そのカウンセラーの"あいづち"を聞けば、その実力のほどもわかります。


実力というのは、聞く力、理解する力のことを指しています。




養成塾でもロープレや事例検討を行う際には、

聞き手やカウンセラーのあいづちをチェックします。


言葉にすると「打つのが早い」「ストロークが少ない」「話しづらくなる」

というチェックの仕方になります。




しかし、"あいづち"というのは、その打ち方を指摘して良くするものではありません。


もっと緻密に、もっと深く考察することでしか、

あいづちのクオリティーを上げることはできません。




更には、あいづち一つにも、実は「根拠」が必要です。



今、このタイミングで、なぜこのような"あいづち"になったのか?


それをきちんと説明できなくてはなりません。


ちなみに私は、自分の打った"あいづち"に関しては、全てその根拠を説明できます。


つまり、自分の打つ"あいづち"は、しっかりした根拠をもっているということです。




こうした"あいづち"が出るようになれば、

カウンセリング面接は全体的にとても締まってきます。




では、そんな根拠をもち、面接の流れを適切にする"あいづち"を、

一体どうしたら打てるようになるのでしょう?


そもそも"あいづち"の本質というものは、どういうものなのでしょう。




"あいづち"とは、打つものではなく、出てくるもの。


これがヒントになります。




一流のあいづちが出てくるということは、聞く力、理解する力も一流です。


高い共感能力の表れの一つが、この"あいづち"といえます。




つまり、一流の"あいづち"をものにできれば、

一流のカウンセリングができるようになります。


"あいづち"というのは、そこまでカウンセリングの根幹に通じたものなのです。




【あいづちの本質】

※ここからはメルマガ読者限定の内容です。



"あいづち"の打ち方によって、なぜ、カウンセラーの実力がわかるのか?


答えは、その"あいづち"の打ち方を聞けば、聞き手の「理解度」がわかるからです。


打つタイミング、声のトーンなどです。


その高さや低さ、強さや弱さ、速いかゆっくりか。


また"あいづち"には様々な種類がありますね。


「はい」「うん」「うーん」「ええ」「ほお」「なるほど」「はいはい」「ああ」


どの種類のあいづちになっているかも重要です。




では、こうした豊富な"あいづち"の中で、

なぜ「これは適切」「これは不適切」と判断できるのか?


その答えは、そもそも"あいづち"の「本質」を知っておくことが前提です。




あいづちとは「そこまでの相手の話が理解できたという反応」だからです。


とても大切なことなので、もう一度書きます。



「あいづちとは、そこまでの相手の話が理解できたという反応」




だから正確にいうと"あいづち"は打つものではなく出てくるもの。


意識して打とうとするのではなく、自然に出てくる反応なのです。


「理解できた」「わかった」「そういうことか」という反応なんですね。


それが"あいづち"の本質なんです。




ですから、聞く力、共感能力が高度に発揮されている場合、その人の"あいづち"も、

当然、そうした理解度が反映されたものになるはずです。


だからその"あいづち"にカウンセラーの実力が反映されるわけです。


"あいづち"を聞けば、聞き手の実力がわかるとは、そういうことです。




もちろん、ある程度の聞く力、共感能力を有している人間だから

"あいづち"の実力も判別できます。


しかし、一般の方でも、聞き手の"あいづち"が、自然に聞こえたり、

なにか違和感を感じたりという経験はあると思います。


これも同じ話で、聞き手が本当に話を理解できて反応しているので、

その反応=あいづちが、とても自然に感じるからです。


「この人はこちらの話をわかってくれている」というのは伝わります。


つまり「ちゃんと聞いてもらっている」という実感が得られるわけです。




こう考えると"あいづち"が単体で存在するわけではありませんね。


クライエントが話をし、それをしっかりと聞き、理解をもつ。


その理解から自ずとわきあがってくる反応、それが"あいづち"ということになります。


ですから、聞く力、理解する力を築いていくことで、

その感覚が自然なあいづちに出ます。


しっかりとした傾聴・共感能力こそが、自然な"あいづち"を生み、

その"あいづち"の一つ一つが生きたカウンセリングにつながっていきます。



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